亡きご両親が生前に、家族の幸せを考えて一生懸命に建てられたたくさんの思い出がつまったご実家は、何にも変えがたい大切な形見であり、唯一無二の財産ですね。
しかし、相続してしまうと一緒に多額の借金も引き受けることになり、全額支払うとなると負担が大きすぎるということで、相続放棄し、泣く泣くご実家も手放そうかとお悩みです。
今回は
- どうしても相続したい財産がある
- 多額の負債がある
という点が、ポイントとなります。
結論は、ご実家の評価額の限度で借金を返済すれば、ご実家を残せる可能性アリです。
※負債の額、不動産の評価額によりますので、あくまでも「可能性がある」という認識でご覧ください。
それでは、解説していきます。
1.相続手続きの期間
ご家族様がお亡くなりになられた後、残されたご家族(相続人)様は民法によって規定された期間内に、故人(被相続人)の財産について「相続する」か「放棄する」かを決める必要があります。
この期間のことを「熟慮期間」と言い、それは「相続の開始があったことを知った時から3か月以内」と定められています。
「相続の開始があったことを知った時」というのが少し難しいかもしれませんが、通常であれば死亡日がそれに該当しますね。
また、相続権は
- 第1順位の子や孫
- 第2順位の父母や祖父母
- 第3順位の兄弟姉妹や甥姪
という順番になっていますが、仮に第一順位の子や孫が相続放棄をすると、その権利は第2順位の父母や祖父母に移ります。
(第2順位から第3順位も同様です)
この時、第2順位である父母や祖父母の熟慮期間はいつから開始しているのかというと、死亡日ではなく、「自分が相続人であることを知った時」になります。
要は、第1順位の子や孫と同じ期間をスタートとしてしまうと、第2順位の人にとっては当然その期間が3か月未満になってしまうからです。
なので、仮に第1順位の相続人が3か月の期間ギリギリで相続放棄をした場合、第2順位の相続人の期限は死亡日から計算すると約6か月後ということになりますね。
すいません、相続放棄のことは後でお話する予定でしたが、少し前倒しでお話をしてしまいました。
でも、熟慮期間の3か月は本当に重要ですので、その開始がいつなのか、それは必ず頭に入れた上で相続するかどうか検討された方が良いと思います。
自分では放棄できると思っていても、起算日を間違えてしまって放棄が認められなかった…なんていうことになると、取り返しのつかないことになるかもしれません。
熟慮期間についてはくれぐれもご注意ください。
では、その期間内にする相続の方法(種類)3つについて、それぞれご説明します。
2.相続手続きの種類と解説
「相続する」「相続しない」は人生における大きな選択です。
相続手続きの3つの種類についてご説明いたします。
2-1.単純承認
単純承認とは、プラスの財産もマイナスの財産(負債など)もまるごと相続することです。
世の中に発生するほとんどの相続が、この方法で行われています。
どのような場合にこの単純承認をするのかと言うと、
- 特に負債がない場合
- 負債よりもプラスの財産が多い場合
など、結果的にプラスになる場合に用いられるのが一般的です。
また、この単純承認をするための手続きについては、特に何も存在しません。
「私は相続します」とどこかに宣誓する必要もありませんし、むしろこれから説明する相続放棄や限定承認を選択しなかった場合は自動的にこの単純承認をしたということになります。
これは言い換えると、3か月の熟慮期間内に特段の意思表示や申立てをしなければ、自動的に単純承認をしたことになるということです。
さらに、逆に考えると、被相続人の相続財産に多額な借金があった場合でも、それを知っていて何もせず3か月が経過してしまえば、法律では借金を引き継ぐことになってしまうということです。
2-2.相続放棄
相続放棄とは、財産のプラス・マイナスに関係なく、全ての財産を放棄する(受け取らない、相続しない)ことを言います。
主に、プラスの財産よりもマイナスの財産の方が明らかに多い場合などに用いられますが、
- 相続に関わりたくないという方
- もう自分の生活は安定しているので何も受け取らなくても良いという方
も選択されることが多いです。
相続放棄をする場合の手続きは、3か月の熟慮期間内に、家庭裁判所への申述が必要となります。
相続放棄は各相続人が単独ですることができるので、相続人同士が不仲の場合でも、特段連絡を取り合うことなく行うことができます。
注意点としましては、「全ての財産を放棄する」ことになるので、どうしても残しておきたい財産がある場合でもそれだけを相続するようなことはできません。
また、仮に相続放棄をしたとしても、同順位もしくは次順位の相続人に相続権が移りますので、同様に皆様が相続放棄をするといった相続放棄の連鎖が続くことが多いです。
(相続放棄の理由が借金がたくさんあるということであれば、当然誰も相続したいと思われないと思いますので・・・)
相続放棄を選択した場合は、その旨を次に相続権が移る方に教えてあげたほうが良いと思います。
ただ、そこが熟慮期間の起算日となりますので、3か月以内に判断するよう併せて伝えてあげましょう。
2-3.限定承認
今回のご相談においては、この方法が”ご相談者様の想いをカタチにするために最も適切な方法”になると思います。
限定承認とは、プラスの財産の限度において、マイナスの財産を相続することを言います。
なんとなくわかりにくい言い回しですが、プラスとマイナスどちらが多いかわからないという場合に用いられることが多いです。
また、今回のご相談のように、相続財産にマイナスの財産があるが、特定の遺産をどうしても残したい場合などにも活用できます。
限定承認の手続きは、相続放棄と同様に、熟慮期間の3か月以内に家庭裁判所に申し立てをする必要があります。
この際、相続人全員で限定承認の申し立てを行わなければなりません。
ここが相続放棄との大きな違いです。
あまり知られていない相続の方法ですし、初めて聞いたという方も多いかと思いますので、ご相談者様のケースにあてはめて具体的な数字でご説明しますね。
まず、今回のご相談のケースでは、相続財産にプラスの財産(ご実家)とマイナスの財産(借金)があり、プラスの財産であるご実家を残したいとお考えです。
それぞれの金額を
- ご実家の評価額:600万円
- 借金の額:1,000万円
と仮定します。
(※ここでの不動産の評価額は「固定資産税評価額」とは限りませんのでお間違えのないようにお願いします)
この状況で限定承認を行うと、「ご実家の評価額の範囲で借金を相続する」ことになりますので、ご自身の資金から600万円を債権者に支払うことができれば、ご実家を残すことができます。
※厳密には先買権(さきがいけん)という権利を行使して不動産を「取得」しますので、600万円を支払うことで不動産を「相続」できるということではないのですが、ここではわかりやすくイメージを重視してお伝えしています。
では残りの400万円の借金はどうなるのかというと、限定承認の場合はプラスの財産の範囲に限ってマイナスの財産を相続しますので、その400万円は相続しない=返済しなくてもよいということになります。
このように、限定承認は一見すると相続人にとって非常に都合の良い制度ではありますが、実はあまり使われていないのが実情です。
その理由は、
- 相続人全員で一緒にしなければならないこと
- 申立てをした後も公告・清算手続きなどが続くこと
- 被相続人の準確定申告が必要になる可能性があること
などもあげられ、それぞれ非常に煩雑で専門的な知識や手続きが必要になるからだと考えられます。
(公告とは、官報・新聞への記載や掲示、文書またはインターネットなどによってある事項を広く一般に知らせることです)
このように、限定承認の手続きを行い、プラスの財産の限度で借金を返済することで、ご実家に住み続けることができるかもしれません。
3.単純承認・相続放棄・限定承認のまとめ
- 多額の負債がある場合でも特定の財産を残せる可能性がある=限定承認。
- 相続放棄も限定承認も3か月の熟慮期間内に手続きする必要があり、何もしなければ単純承認したものとみなされる。
- 限定承認は相続人全員で申立てしなければならず、手続きが非常に複雑である。