目次【本ページの内容】
1.相続開始前の相続放棄は無効
結論から申しますと、相続開始前(生前中)の相続放棄は、いずれの形式(口頭、書面を問わず)であっても効力はありません。
なぜなら、そもそも「相続」自体が死亡という事実をもって初めて開始されるものだからです。
また、相続放棄の手順としては、必要書類を揃えて家庭裁判所へ申述し、受理の審判が成されて初めて効力が生ずるものであると民法で定められているからです。
ですから、今回ご相談いただいた事例につきましては、お兄様から差し出された書面にサインされたからといって相続を放棄したことにはならない、つまりその書面に効力はないということです。
では、なぜ生前の放棄が認められていないのでしょうか?
イメージしやすい例を挙げて説明しますと、仮に今回のような母・兄・私という家族関係であったとして、悪だくみのお兄さんが「おい、お前には母さんの財産は一切相続させない。今すぐ放棄の書類にサインしろ」と言ってサインをさせたとします。
それが有効だったとしたらどうでしょうか?
暴力でもなんでも、とにかく強い者が弱い者の相続権を奪ってしまうことができるわけです。
そんなことがまさか許されるはずがありません。
これが生前に相続放棄ができない理由です(イメージしやすいよう極端な例を挙げました)。
2.遺留分の放棄は生前でも可能
「生前の相続放棄はできない」とお伝えしてきましたが、実はある特定のものに限って放棄することは認められています。
それは「遺留分」です。
(遺留分とは、一定の相続人が、最低限の相続財産をもらえる権利のことです。)
「遺留分の放棄」は生前中にすることができます。
ただ、これも簡単に作成した書類にサインをするだけではやはり不可です。
遺留分の放棄の手続きも相続放棄と同様、家庭裁判所へ申述し、受理の審判が成されて初めて効力が生ずるものです。
ここでワンポイント。
遺留分の放棄が家庭裁判所にて正式に認められた場合であっても、それはあくまでも遺留分の放棄をしたというのみで、相続権それ自体は残っています。
相続権があるということは、つまり、被相続人となる方に負の財産(借金等)がある場合、思わぬ負債を背負うことにもなりかねません。
また、やっと説得して遺留分の放棄が家庭裁判所で認められたのに、遺言書を作成して誰に何を相続させるかを明確に示しておかないと、その遺留分の放棄をした人に本来の相続権を主張され、結果的に法定相続割合で分割することにもなりかねません。
ご相談内容からずいぶん派生した回答になってしまいましたが、他の相続人から「放棄」の同意について迫られたときは、まず何の「放棄」であるか、相続財産、遺留分の詳細をきちんと確認し、それぞれ放棄した場合に想定されるメリット、デメリットを整理することが重要です。
どのような書類であっても記名、捺印した後で取り消しするのはやはり大変ですから。
3.まとめ
- 「相続放棄」は生前中にはいずれの方式であってもできない(相続開始後は可能)。
- 「遺留分の放棄」は生前中であってもできる。
- いずれも家庭裁判所に申述し、受理の審判があって初めて効力を生ずる。
- いずれの「放棄」についても、どのような財産があり、放棄することにより生ずるメリット、デメリットを正確に把握しておくことが重要。